第三の本流

心を豊かにする食器づくり

 

まさに、百花繚乱。古来より全国各地の窯が、それぞれ独自の技巧を駆使し、その味わいを競ってきた食器(うつわ)の数々。この世界は、十六世紀の頃から「鑑賞用」、「実用」の大きな二つの流れに集約され、それぞれに歴史を刻んできました。


「鑑賞用」の皿や鉢は、本来の使用目的にとらわれることなく、また最高の材料に、陶工の持てる技量、情熱のすべてを注いでつくられます。稀少で美術品としての価値もあり、しかも高価。その多くは作品として収納され、料理をのせて使われることは皆無です。


一方、もうひとつの流れである「実用陶器」は、手近にある材料を使い、手間をかけずにつくられます。安価ですが、芸術性や感性に訴える魅力はなく、味も素っ気もないものがほとんどです。

 

さて「蔵珍窯」は、それぞれの流れから水を引き、第三の奔流をつくるべく、溝を掘り、堤を築いてきました。使いやすく、料理を盛って調和する食器。目で見て、手に取って、さらに口に運んで、しみじみと良さがわかる食器。「用の美」を満たし、心を豊かに満たす食器を、これからも創造し、お届けしていく所存です。

和ん(飯碗)コンセプト

うつわの原点・ごはん茶碗

 

 

私達は日本の国のことを瑞穂の国と呼びます。瑞穂の国とは、立派に稲の実る国のことであり、人々は稲の豊かな実りを願い、米をより多く収穫できる国を作り上げている誇りを込めた呼称であります。日本の食文化を考えた時、主食である米の存在は切っても切り離せない重要なものであり、稲は米を作る丈の植物ではなく豊かな文化を育んできました。
一方、木の椀が主流の頃、人々は「白いごはん」を陶の器で食べたい、という憧れに近いものがありました。需要と共に陶工達も日夜厳しい修行を重ね、さまざまな飯碗を作ってきました。作る手間、苦労は他の食器以上に大変なめし碗こそ、生活に欠かす事の出来ないやきものの本流だといえます。
現代では飽食の時代となり、米を大切にする心と豊作を願う心は共に失われ、インスタント食品と共に使い捨て食器、量産ものの器が多く出廻るようになりました。しかし、個の時代の今「スローライフ」という言葉が生まれ、「本当によいものを大切に使う」と、より丁寧に健康的に暮らす方向になってきています。日本人の身体に一番よく合っているといわれている「ごはん」をもっと美味しく召し上がって頂く為にも、私達陶工は今まで培ってきた多技多彩な技術によって理想とする現代の飯碗を作り上げました。用と美を備えた手仕事による飯碗を今後も作り続けて参る所存です。

料理人からのお言葉

思いやりのうつわ 

 

作り手と使い手の切磋琢磨、料理を盛りたくなる器、

新鮮ですばらしい素材に出会ったとき、アイデアが次々と湧いてきて、新しい料理がたくさん生まれてくるものです。

同じように、すばらしい器に出会ったときにも、こう料理してみようか、こんな風に盛りつけると面白いな、などとイメージがふくらんできます。

料理を盛りたくなる器とは、このようにイマジネーションをかきたてられる器だとおもいます。日頃、料理人は器を選び、まあこの辺でいいかなという感じで使ってしまいます。 使い手として作り手に注文したり、意見をぶつけてみたりはあまりしないようです。 料理人はどうゆう器に料理を盛りたいか考えて、作り手ともっと切磋琢磨してもいいんじゃないか、と思います。 料理と器がぶつかりあえば、大胆で面白い発見があると思います。

 

蔵珍窯の小泉蔵珍さんは、私のこのようなこだわりを受け、料理と器の美学をぶつけ合うことのできる方です。彼はただ昔から引き継ぐのではなく、絶えず新しい時代に向けて挑戦する自由な作風を持っています。料理のこともよくご存じなので、盛る人のことも考え、使いやすい形や大きさを配慮してくれる思いやりのある方です。使い手に対して謙虚な姿勢を忘れず、それでいて独創的な作り手の美学を追求するという理想的な窯元を目指してみえます。

料理人 道場六三郎

岐阜県神社庁より「御用窯」推奨のお言葉

陶壽萬年(とうじゅまんねん

 

陶器は天地の神のめぐみにあずかって、産地の徳をいただき、迦具土の火結びによって焼成するもので、陶工はすでに神の司である。

抱朴子に曰く「陶壽萬年」、中国官窯の陶官は蔵珍といった。

小泉家は本土神社累代の社家である。

当代は名門、幸兵衛窯で修業し自立したが、そこで学んだ染付の手法から美濃陶芸の土ものに至るまで作風に幅を広げ、とりわけ真摯に励む手仕事職人を鳩合し、蔵珍の役たらむとするは、地場産業の発展の志業ともいうべきか。その実績もすでに大方の知るところである。

まさに斉家の血のなせる技であり発想で、故に、岐阜県神社庁は小泉家累代に報い、御用窯の名を許して声援を送り、君もまたこれを心の支えに思うてくれていることをうれしみ、推奨する次第である。

前岐阜県神社庁 庁長 森磐根