窯元



十二代  小泉蔵珍

窯元の言葉

第三の奔流 蔵珍窯

まさに、百花繚乱。古来より全国各地の窯が、それぞれ独自の技巧を駆使し、その味わいを競ってきた食器(うつわ)
の数々。この世界は、十六世紀の頃から「鑑賞用」、「実用」の大きな二つの流れに集約され、それぞれに歴史を刻ん
できました。

「鑑賞用」の皿や鉢は、本来の使用目的にとらわれることなく、また最高の材料に、陶工の持てる技量、情熱のすべて
を注いでつくられます。稀少で美術品としての価値もあり、しかも高価。その多くは作品として収納され、料理をのせて
使われることは皆無です。

一方、もうひとつの流れである「実用陶器」は、手近にある材料を使い、手間をかけずにつくられます。安価ですが、芸
術性や感性に訴える魅力はなく、味も素っ気もないものがほとんどです。

さて「蔵珍窯」は、それぞれの流れから水を引き、第三の奔流をつくるべく、溝を掘り、堤を築いてきました。使いやす
く、料理を盛って調和する食器。目で見て、手に取って、さらに口に運んで、しみじみと良さがわかる食器。「用の美」(機
能をみたす所におのずから美しさが現れる)を満たし、心を豊かに満たす食器を、これからも創造し、お届けしていく所
存です。



唐九郎との出会い
      
時さかのぼり三十年の昔、ある居酒屋で唐九郎と出会った。
嬉しいことでもあったのか上機嫌で、自分の書いた「やきもの随筆」を一冊
ひょいと取り上げ、名を入れて私に手渡してくれた。
項をめくるろ中程に赤絵ノ具の作り方がていねいに書いてあった。早速作っ
てみることにした。
ひと抱えもある乳鉢に、原料である酸化第二鉄(紅柄)を入れ、天井から釣り
下げた陶棒でお茶を注ぎながら八十歳の祖母が毎日毎日ひたすら摺り続け
た。
そして三年(約1000日)、出来たての絵ノ具を筆に付け、赤絵を描いてみる。
「美しい」これがあの夜、唐九郎の言っていた本物の赤絵だったのか・・・・・。
蔵珍窯の赤絵ノ具の誕生であった。これも今は亡き唐九郎と祖母のお陰だと
思い出す今日この頃である。

小泉 蔵珍





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